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​一応キックボクシングのチャンピオンなんです。一応...

チャンピオンベルトを肩にかけた自分

僕は2023/8月までプロでキックボクシングをしていました。2023/8/27㊐にrksという小さなキックボクシング団体の73キロ級の日本トーナメント決勝戦があり、無事勝利しチャンピオンになりました!※ベルトは一丁前にかっこいいですが本当に小さな大会です。凄いものではございません。

​それにトーナメントといっても4人です・・・。小さな団体のベルトですが、このベルトを獲るのに3年かかりました。

 

僕は高校3年生の半ばから極真空手を始めました。本当はボクシングがしたかったのですが、一番近くても加古川にしかなかったので通うことが難しいため諦めました。

 

高校生の僕は「舐められたくない、とりあえず強くなりたい。最強になりたい!」など訳の分からないことばかり考えていました。

 

当時僕は腕相撲にはまっていて、学校内では一番強かったんです。そこで調子に乗ってしまい、「俺より強い奴はいねぇ、俺が一番偉い」とか本気で思っていましたし、廊下も肩で風を切りながら歩いていました。絵にかいたような痛いやつ。

 

いや嘘ちゃいますよ!マジですよ!みんな話しかけてこないから「ビビってんなーおい」とか思ってましたけど、今ならわかります。相手にされてないだけだったと。当時周りのみんなはすでに大人だったのです。いえ、僕が子供すぎました。

 

ある日父に「お前腕相撲ごときで威張っとらんとなんか格闘技して結果でも残したら?ほならお前自分の弱さがよーわかる。お前より強い奴なんか死ぬほどおるぞ」と言われて、「ええやないかやったるわ。力じゃ誰にも負けへんで」と意気込んで翌日、近くの極真空手の体験に行きました。

 

練習が始まっていきなり僕「基本なんかええから、スパーリングさせてください」とお願いしました。

先生「ええけどしらんでー?最初からするもんちゃうでー?」と言われましたが先生も50近いおじさんです。当時の僕は、「こんなおっさんに負けるわけないやろ、ぶっ倒したる」と本気で思っていました。

 

しかし、この後僕は地獄を見ることになります。

 

 

はじめ!の合図と同時にまさかのハイキックが飛んできました。もろに顔面にヒット!視界がぐるぐるの中もう一発ハイキックが飛んできました。開始5秒で沈められました。しかし、あきらめずにもう一度挑みました。次は足を蹴られ続けまたもやダウン。たった5分ほどの時間でしたが足には力が入らない、顔は血だらけ、胸もあざだらけ。「俺、交通事故にでもあったんか?」と思いました。

 

こうなってやっと気づきました。「俺、めちゃくちゃ弱いやん。50近いおっさんに5秒で倒された。しかもだいぶ手加減ありで。」

 

僕は自分の弱さに絶望し、恥ずかしくなりました。やめようかなと思いましたが、友達・先生・親みんなに「俺明日から空手始めるわ!次の大会で優勝したるからな」と言ってしまいました。みんなに言った、宣言したということは結果を出すしかないということです。逃げるなんてありえません。そう思った僕は次の日もびっこ引きながら道場に向かいました。勿論ボコボコのぐちゃぐちゃにされて帰りました。

試合勝利後のパフォーマンス
顔が腫れた人のイラスト

それでもほぼ毎日練習に行き、毎日空手のこと​だけを考えていました。朝起きたら空手の動画、学校でも頭の中は空手、夜は練習、家に帰って自主練。友達とボーリングに行った時も、ボーリングの球をおなかに落として鍛えたり。そんなことを1か月続けたある日、何かコツをつかんだのか、他の道場生と少し張り合えるようになってきました。

 

その後も練習を続けた結果3か月後の試合で優勝することができました。

 

そして、ここからもっと強くなろうと決心しました。半年がたつ頃、道場内で一番強くなったので、天狗になる前に世界チャンピオンが指導している強い道場に移籍しました。最初道場に入ったとき皆オーラがやばすぎて怖かったです。道場生は、日本チャンピオン多数、他は茶帯、黒帯(僕白帯)です。

移籍して初日の実践で世界チャンピオンの先生(N先生)に相手をしてもらいましたが、足を一発蹴られただけで倒れました。車が突っ込んできたのかと思うほどの威力、少し言いすぎました。ですがこれが世界チャンピオンの蹴りかと、度肝を抜かれました。

悔しくてその日からより一層練習に力を入れました。世界チャンピオンの先生に近づきたくて、ボコボコにされながらも立ち向かっていきました。イメージトレーニングも、走り込みも毎日行い、休日も道場に行って先生に直接お願いをして指導していただきました。

 

しかし、大学生になったころ、急にN先生に「前から思っててんけどお前、キックボクシング転向したら?キックの方が向いとるで」と言われ、「いやいや、何をおっしゃいますか。まずは今やってる空手で結果を出さないとキックなんか到底無理でしょ」と口にした次の日にはキックボクシングジムに電話をして体験で行っていました。

​初めてボクシングのミット打をしたときに、会長が「お前ええやん、スパーリングしよか」「なんでなん、体験やで?今日初めましてやで?」とは言えず「よろしくお願いします!」という流れでスパーリングに。

開始早々僕のジャブがクリーンヒット「あ。え。あたるんや...」

それ以降会長の顔が一気に変わりました。勿論時間が終わるまでボコボコにされました。極真空手は顔を殴ってはいけないので、余計に顔に慣れておらずガードもできません。正直空手の3倍はつらいかもしれません。顔面ありだと全然違いますね。

練習が終わり、会長に「お前センスある、絶対に空手よりキックした方がええ」と言ってもらい、キックボクシングに転向しました。僕は空手から逃げてしまいましたが、キックボクシングでは結果を出すぞと決意しました。周りの友達、家族、関わりのある人たちほぼ全員に「俺は大学を卒業するまでにプロでチャンピオンになる」と宣言しました!いえ、してしまいました...

 

翌日からほぼ毎日ジムに通いました。最初は弱いから先輩たちに教えてと言っても相手にされず毎日ボコボコにされてました。顔もぱんぱんに腫れあがっていました。鼻血も何回出たことか。

肋骨2回、腕3回、鼻を1回折られました。皆にも「弱いなー、やめときー」など馬鹿にされました。正直こんなに厳しい世界なんだと、もうやめてしまおうかと思いました。これはさすがにおかしくなると思いました。

 

でも、今までたくさんのことから逃げてきたし、ここで逃げたらこれから先ずっと嫌なことから逃げる人生になる。俺には向いてない」またそんな言い訳して終わらすのか?ここで逃げたら、この先もずっと嫌なことから逃げる人生になるし、皆に馬鹿にされる。何もできないくせに、人のせいばかりにするしょーもない人間になってしまう。それだけは絶対に嫌だ。「結果出して、皆見返したる。見とけよ」僕の中のブラックエンジンだけが

原動力になりました。

最初のジムはどれだけ教えてとお願いしても全く教えてもらえませんでした。これでは強くなれない。そう思い他のジムも行ってみました。なかなかピンと来るところがなく、悩んでいた時に空手の時にお世話になった方から電話がかかってきました。事情を話すとその方が「ほならうちの息子が行ってるジム紹介するで」と言ってくださって練習に参加させていただきました。そこはジムの雰囲気、会長・選手の人柄、何もかもすべて僕に当てはまっていました。「ここだーー!!」と確信しました。

そこは夜にクラス練習があり、日中は自主練で場所を使わせていただけます。僕は朝から行って夜のクラス練習までしていました。日中でも知り合いなど全員に「今から練習付き合ってください」と声をかけまくって練習相手を集めていました。誰も来れないときは、ひたすら基本練習です。一つのパンチで1か月、一つの蹴りで2か月使いました。いろんなジムにお世話になりたくさんのプロ選手に技術を教えてもらいました。

そして2021/8/29に人生で初めての試合です。(アマチュア)

結果は2-1の判定勝ち!

その後も2か月のスパンぐらいでアマチュアの試合を合計6試合しました。6戦6勝です。次の試合に出ることを会長に報告すると「もうアマチュアはええやろ、プロ戦に出てみーひんか?」と言われ、「え。俺がプロ?」と一瞬理解できませんでしたが、出場させてくださいということでプロ戦が決まりました。

 

プロはグローブが8オンスの素足になります。正直怖くて寝れない日が続きました。毎日6時間の練習をやり切り、減量も終えました。何回も心折れそうになりましたが、ジムの仲間が支えてくれて無事デビュー戦を迎えることができました。が・・・

 

当日の朝一に会長から「相手が逃げた。試合はなしや。」と連絡が来ました。

 

命を懸けて練習してきたのに・・・膝から崩れ落ちて絶望しました。この日まで練習に付き合ってくれた仲間に申し訳なくて泣きながら謝りました。少し落ち着いて「まあ、まだプロは早かったということか。」そう思い他の試合もあったので観客としていきました。でも、何があるかわからないので試合に必要なものはすべて持っていきました。「俺もこの舞台に出たかったなあ、皆かっこいいなあ」そう思っていたところ会長から一本の電話がありました。「こうき!対戦相手決まったぞ!」その日会場に応援に来ていたプロ選手が僕の事情を耳にして僕との試合を引き受けてくれました。主催者側も「こんなこと初めてやぞ。持ってるねーコバヤシ君」と笑いながら言っていました。相手はプロ戦績10戦8勝2分けの格上選手。

結果は3-0の判定勝ち!なんとか勝てたものの、両足パンパンで歩けませんでした。😖

デビュー戦を引き受けてくださった対戦相手の方には頭が上がらないです。僕の命の恩人です。

 

その後も12月の末にプロ2試合目がありましたが、判定で勝利。

 

そして、RKS日本トーナメントが2023年2月19日から始まりました。

一試合目の相手は優勝候補

戦績はプロ96戦54勝のバリバリのベテラン。過去あのブアカーオと戦って判定に持ち込んでます。

 

さすがに殺されると思って途中辞退も考えていましたが、皆んなにチャンピオンになると言ってしまってるのでやるしかないんですね。

 

そこからはほぼ毎日皆んなで練習して、皆んなで考え、意見を言い合って改善して。その繰り返し。何回も辞めよーか、負けるかなぁとか考えて不安だったけど、自主練グループの人たちに毎日元気をもらって、なんとか乗り切れました。試合は見事勝利!!

 

そして8月27日決勝です。

この試合がキックボクシング最後の試合と決めてました。だから絶対に悔いは残さず、今までで1番本気で練習しました。毎日練習しました。自主練メンバーで作戦を練って、構成を組み立てて、準備万端で挑みました。

試合当日、絶好調で試合を迎えることができましたが、2ラウンド目にダウンを奪われました。でも、今回の試合は必ず何かある。ダウンも何回か取られると思っていたので全く焦りませんでした。

 

相手選手も全てを賭けて勝負しにきているので、もちろん楽に勝てるとは最初から思ってません。ギリギリの試合になる事は想定済み。何回倒されても、腕が折れても足が折れても、最後は絶対に俺が勝つ!その気持ちだけで戦いました。3ラウンド目が終わって判定に入ります。結果は奇跡的にドロー。延長戦です。その時、会場から聞こえてきた沢山のこーきコール。さらに気合いが入りました。「死んでも勝つ」。開始1分ほどでスタンディングダウンを奪いました。そのあとは必死過ぎて覚えてません。なんとかそのまま判定へ。勝ちを確信しました。

 

結果は見事判定勝利🏆

自分が3年間追い求めてきたチャンピオンになることが出来ました。嬉しくて涙ボロボロでしたが、1番嬉しかったのが、一緒に練習してきてくれた人たちが泣きながらサイコーやったぞ!!感動した!と言ってくれたことです。最初は蹴り一つ蹴れなかった僕が、3年間でここまで来れたのは間違いなく、一緒に練習してくれた方、僕にここまでついてきてくれた方のおかげです。1人では絶対に辿り着けなかった。本当に感謝しかないです。

キックボクシングを最後までやり切って気づいたことは言葉にする事はめちゃくちゃ大事だということ。もちろん練習することも大事だけど、できるかもわからないことを周りに言わないのではなく、最初から俺は絶対にチャンピオンになるからと周りのみんなに言っておく。そうするとやるしかないんです。結果を出すしかない。そういった状況に自分を追い込まないと絶対に結果は出ない。だから周りの人に言って、自分を追い込むことはすごく大事。

 

正直、僕はキックボクシングが好きなわけではありません。何か結果を出したいからやってみようと思ったのがたまたまキックボクシングだっただけの話です。でも、好きになる努力をしました。毎日自分にキックボクシングが好きだ、強くなるんやと何回も言い聞かせるんです。そうすると本当に好きになってきます。今でもキックボクシングが大好きです!やり切ってよかったなと本当に思います。

今ではこの情熱がすべてトレーラーハウスにあります。今は「試合に勝ちたい・チャンピオンになりたい!」

ではなく、「困っている方をトレーラーハウスで助けたい!」と心の底から本気で思っています。

​今後とも小林光輝をよろしくお願いいたします。

キックボクシングの試合当日の写真
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